さあ9月、「秋」への予感を感じるために!
今年の夏は容赦なく上がる気温に、日本だけでなく世界が暑さに悩まされたと感じました。そんな時に木陰がどんなにありがたかったことでしょう! 何げなく見過ごしているいつもの木々、木ってあってあたりまえ? でも知らず知らず心のより所となっているのではないでしょうか? 今回は木のことを少し考えてみたいと思います。
心に残る「木」って誰もが持っていませんか?
子供の頃「おやつ食べたら、公園の木の下ね」こんな合い言葉がありませんでしたか? みんなで集まるのにぴったりの場所が大きな木の下でした。ゴツゴツと隆起したこぶをさわりながら寄りかかるとなんとなく落ち着いたり、心地よい根っこの盛り上がりを見つけて座ったりと、木を相手にすれば待つのに退屈しませんね。やがて仲間が集まれば木のことなんか忘れて飛び出していきました。お母さんに怒られてフッと寂しくなった時なんか、知らないうちに公園の木の下でぼんやりしていた、なんてこともありました。自分ひとりの世界が欲しかったのでしょうか。
「こんなところにすき間がある!」人目につかない小さなすき間。木の秘密を見つけたような嬉しさに自分の思いを書いた手紙を入れてみた少女。いつの間にかそこには返事が入るようになって…。1本の木をはさんで見知らぬ同志の手紙のやり取りが始まる。そんなロマンティックな少女まんがをワクワクしながら昔読みました。
今でも木を見るとどこかに何かが隠れているんじゃないかな? と探してしまうのはそのまんがの名残かもしれません。身近な木々としばし向き合ってみると意外な発見、あるかもしれませんよ。
樹齢を重ねた大木はやがてやすらぎと信仰の場所に
木はなぜこんなに長生きできるのでしょう。素朴な疑問です。木は葉で行う光合成で栄養となる糖分を作り、一方で根からも養分を吸い上げます。根の先は菌糸で包まれておりこの菌糸が根と土の中の栄養の交換を手伝います。木は1本で立っている孤高のイメージがありますが、実は根っこはお互い同じ種類の木同志がネットワークでつながり助け合っているということです。一見枯れてしまったように見える木でも根っこでつながる栄養交換によって実はまだ生きている、ということもあるそうです。
曲がっている幹やデコボコの表面、木をおおう柔らかな苔のみどりに人は魅了されます。大地の中で静かに行われる命のつながりを持つ木々は、自然が作り出す芸術だと思いませんか。
参考:『樹木たちの知られざる生活』ペーター・ヴォールレーベン、長谷川圭訳、早川書房
木は私たちの生活の中に欠かすことのできない潤いです
家だけではありません、本当に小さなものも木から作られています。食後に使いたくなるあれ「爪楊枝」は一番小さな木の製品かもしれません。もう一つ、ふだんはあまり使われませんが、これを添えてお菓子を出されるとちょっと大切にされているかな? とかちゃんとしたおもてなしを受けているような気がするものに「黒文字」があります。和菓子をいただくときには欠かせない少し太めの楊子です。手にするところは黒っぽい樹皮を残してつくられています。お出しする直前まで細くなっている先の方は水に浸し湿らせておくのが思いやり。お菓子を切るときにスムーズになります。
この「黒文字」はクスノキ科の落葉低木クロモジ(黒文字)から作られています。その理由はクロモジの木がもつかすかな香りを楽しみながらお菓子をいただくことになっているからとか。クスノキの香りは殺菌効果があり昔は「樟脳(しょうのう)」として虫除けに使われていました。そんな効用からクスノキで書庫や図書館が作られていたそうですよ。それぞれの木が持つ効果を利用する人間の知恵もステキです。
いろんな木のお話をしてきましたが「身近に木があるってやっぱりいいなぁ」、そんな気持ちになっていただけましたか? これから秋にむかい木々は葉の色を変えていきます。穏やかにそのようすを眺めて移り変わる季節を楽しんでくださいね。
※公開後、記事の一部を加筆・修正しました(2019/9/3)