「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」に学ぶ、「エンパシー」と多様性
今回は、この作品のキーワードともいえる「エンパシー(empathy)」について考えてみましょう。多様性が増す世界に生きる私たちが、ぜひ知っておきたい言葉です。
子どもはすべてにぶち当たる
「老人はすべてを信じる。中年はすべてを疑う。若者はすべてを知っている。」と言ったのはオスカー・ワイルドだが、これに付け加えるなら、「子どもはすべてにぶち当たる」になるだろうか。
著書のなかで、ブレイディみかこさんはこのように記しています。
学校という社会は、世界の縮図。大人が生み出した問題に、子どもたちは否応なしに直面し、日々困難に立ち向かっていました。
知っておきたい「エンパシー」と「シンパシー」の違い
著者の息子の期末試験問題は、「『エンパシー』とは何か」。それに対する回答は「自分で誰かの靴を履いてみること」。他人の立場に立ってみる、という意味の英語の定型表現で返しているのです。ブレイディみかこさんは「すこぶる的確な表現」と認めたうえで、エンパシーの定義を「自分と違う理念や信念を持つ人や、別にかわいそうだとは思えない立場の人々が何を考えているのだろうと想像する力のこと」と掘り下げています。
似て非なる「シンパシー」は、同じような立場の人に対する同情や共感といった感情のことで、自分で努力しなくても自然に出てくるもの。一方の「エンパシー」は、意志をもって行う知的作業で、獲得していくべき能力と捉えることができます。
11歳の子どもたちがエンパシーについて考え、学ぶイギリス。著書には、先生がホワイトボードに、これからは「エンパシーの時代」と大きく書いた、というエピソードがあります。私たちも心に留めておきたい言葉です。
身近な人へのエンパシーを大切に
著者の息子が「ぶち当たり」、乗り越えようとしている、格差、差別、移民問題、ジェンダーの違いといったさまざまな問題は、現在の日本にも存在しています。悲観的になったり、考えるのをやめてしまうのではなく、エンパシーを鍛えていきたいですね。
まずは、いちばん身近な家族や知人、特に配偶者にエンパシーをもって接してみてはいかがでしょうか。寛容さや柔軟さをもって、相手の話を聞くことからはじめてみましょう。考え方や価値観の違いにも、前向きな解決策を見出せる可能性がぐっと高まりそうです。
参考文献・引用
ブレイディみかこ 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』 新潮社