11月8日≪鞴(ふいご)祭り≫は、鍛冶屋、刀工、鋳物師など鉄と炎の匠たちのおまつり
鉄を炎であからめ成形し鍛錬していきます
《鞴(ふいご)》とは? 金山さまやお稲荷さまを祀る《鞴(ふいご)祭り》とは?
鞴で空気を送って炎を起こします
飛び散る火の花 はしる湯玉
鞴(ふいご)の風さえ 息をもつがず
仕事に精出す 村の鍛冶屋♪
これは「村の鍛冶屋(かじや)」という唱歌の歌詞ですが、聞いたことはありますか? ご存じの方もだんだん少なくなってきているかもしれませんが、この歌にあるように、昭和30年代くらいまでは、包丁や鍬や鎌などの刃物を作る鍛冶職人が町や里に多くいたのです。
♪鞴(ふいご)の風さえ 息をもつがず♪と、この歌にもある「鞴(ふいご)」とは、金属の精錬や加工に用いる送風器のこと。箱形が多く、内部のピストンを往復させて風を送って火をおこすための道具のことです(昔はたぬきの皮を使っていたとか)。また、日本古来の製鉄法で使う大型の鞴のことを「踏鞴(たたら)」と呼び、勢い余って空足を踏む「たたらを踏む」などの語源にもなっています。
旧暦のころから11月8日は、そんな鞴を使う鍛冶屋、刀工、鋳物師(いもじ)などの祝日です。この日は仕事を休んで神社に詣で、金山彦神、金山姫神、お稲荷様などを祀る《鞴祭り》を行います。
ちなみに金山彦神とは、イザナミノミコトが火の神を生み病気でふせり嘔吐したときに化成した、鉱山を司る神のこと。鉱石を火で溶かしたさまが、嘔吐物に似ているところからの連想なのだとか。金山姫神はその配偶神です。
《鞴祭り》の日は、神社のお札を仕事場に貼り、鞴を清めて注連縄を張り、お神酒や餅を供えます。商売道具である鞴の労をねぎらって年に一度はそれを休ませ、火の安全と仕事の繁栄を祈願するというのがこのおまつりの目的なのです。そして、このおまつりに欠かせない重要なアイテムが、“ミカン”。《鞴祭り》のミカンを食べると、風邪にかからないと信じられていたため、門前で盛大にまいたり、近所の子どもたちにふるまってきたそうです。
《鞴祭り》に欠かせないお供え“ミカン”。あの紀伊国屋文左衛門のミカン伝説とは……
毎年《鞴祭り》を行っているという、千葉県無形文化財の刀匠、松田次泰氏にたずねたところ、
──そもそも、酸を持つミカンの木は、鍛冶屋の家の庭には植えなかったそうなのです。
そんなミカンを(鞴を使わない日だからこそ)あえて供えることで、仕事を休むしるしとしたのかもしれませんね。
ミカンと言えば、かの紀伊国屋文左衛門にまつわる逸話が残っています。略して「紀文」(きぶん)、「紀文大尽」と言われた紀伊国屋文左衛門は、江戸時代・元禄期の商人といわれている、半ば伝説上の人物。その文左衛門が20代の頃のことです。紀州では驚くほどミカンが大豊作だったにもかかわらず嵐で航路が閉ざされ、江戸へ運べなくなり価格が暴落してしまいました。そこに目をつけた文左衛門。オンボロ船を修理し、買い集めたミカンを乗せ、命がけで嵐の太平洋を渡ってなんとか無事江戸へ到着したのだそう。ミカンが不足していた江戸でミカンは高く売れ、莫大な財を成すにいたったということです。
実は、このとき文左衛門が運んだのが、江戸の《鞴祭り》のためのミカン。この祭りにおけるミカン需要の高さが、凄かったことがわかるエピソードです。
11月8日には、京都「伏見稲荷大社」の「火焚祭(ひたきさい)」も
稲荷神は鍛冶の守護神といわれることから、鍛冶屋・鋳物屋はもとより、染物屋、造酒屋にとって「お火焚祭」は《鞴祭り》と同化して行われているとも聞きます。
(能の「小鍛冶」にあるように)三条小鍛冶宗近という刀鍛冶が稲荷明神の手助けのもと、名剣「小狐丸」を打ち上げたという説話もあり、火を操る職業の鍛冶屋と稲荷神とのかかわりは深いものがあるようですね。
ゆかりの神社をはじめ鍛冶屋や職人の工房、金属加工業者の工場など、全国各地で今日は《鞴祭り》が行われていることでしょう。
日本刀をはじめ包丁や鉄鋳物など、世界に誇る緻密で美しい金属製品を生み出す、日本の匠たち。《鞴祭り》は、日々炎に向かい、魂を込めて仕事に携わる職人たちの一年に一度の楽しいお祭りなんですね。
(例えば刀剣の場合)鉄という金属を鍛えぬくことで、長い歳月の鑑賞に耐え得るほど高貴で神秘的な美術品にまで仕上げるのは、やはり日本特有の素晴らしい文化なのだといえるでしょう。
寒さで甘みがましてきたミカンを一口ほおばって、そんな連綿と続いてきた日本のものづくりに思いを馳せてみたくなる《鞴祭り》の日です。
美しく品格ある日本刀を丹精こめつくる松田次泰刀匠
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