晩春を彩る藤の花。「なつかしき色」と『源氏物語』にみる高貴な美女の風情
晩春から初夏限定。「かさねの色目」は、薄色に萌黄
「藤」の色目は、表地に薄色(薄紫)、裏地に萌黄を配し、萌黄色の葉を背景に咲き匂う藤の花を模したもの。藤の衣の着用は、花が咲く時期にあわせて旧暦3月末から4月の、晩春から初夏に限られていました。
「藤」は漢名の「紫藤」からとった名で、和名の「フジ」は「吹き散る」が転じた名称といわれています。長く揺れる房に多くの花を咲かせた藤に、人々は散り際にも深い趣を感じたのかもしれません。
藤壺、紫の上、紫式部。『源氏物語』と藤の色
『源氏物語』には、藤色にちなんだ高貴な女性、藤壺の女御が登場します。光源氏の義理の母にして初恋の人です。藤壺の女御の姪で光源氏最愛の妻の名は紫の上。「藤」「紫」には、高貴な美女のイメージが重ねられているようです。
『源氏物語』の作者である「紫式部」の名は、亡くなった後に付けられたものでした。『源氏物語』が広く世間に知られるようになってからの呼称なのです。紫式部が彰子の許に仕えていたときの女房名は、「藤式部」といいました。父の藤原為時の官職名と、その姓をふまえた呼び名といわれています。紫の上が登場する物語の作者として、紫式部の呼称はふさわしいものとされ、受け継がれていったのですね。
2種類の「巻き方」の違いとは?色と香りを楽しみましょう
ノダフジは房が長く、種類によっては2メートル近くにもなります。一般的に藤と呼ばれ、観賞用になるのはノダフジになります。ヤマフジは、日本固有種で房は短め。主に山地に自生していますが、観賞用に栽培されることもあります。
藤棚から下がった風にゆれる花房も美しいですが、藤は花の香りも格別です。ジャスミンの香りに似ているともいわれますが、甘く穏やかな芳香は例えるのが難しい複雑さがあります。薄紫の色とたおやかな風情、澄んだ甘い香りを楽しみたいですね。
月に遠くおぼゆる藤の色香かな 与謝蕪村
参考文献
大野林火監修/俳句文学館編『入門歳時記』角川学芸出版、KADOKAWA
長崎盛輝『かさねの色目―平安の配彩美』青幻舎