11月8日は名優アラン・ドロンの誕生日。代表作『太陽がいっぱい』に隠された知られざるメッセージとは?
不遇な幼少期・軍隊経験・放浪生活を経て、唯一の財産である美貌を武器に俳優デビュー
『太陽がいっぱい』(DVD)
1956年パリに戻った際にカンヌ映画祭を訪れたことがきっかけとなり、翌年にはイヴ・アレグレ監督の『女が事件にからむ時』で映画デビューを果たします。『太陽がいっぱい』(60年)でトップスターとなり、イタリアの巨匠ヴィスコンティの『若者のすべて』に起用され演技力に磨きがかかります。美貌とその着実なキャリアから、1950年代から1980年代にかけて美男の代名詞的存在として大人気に。とりわけ日本では絶大な人気を誇りました。『地下室のメロディー』(63年)『サムライ』(67年)などのフレンチ・フィルム・ノワール作品では、トレンチコートやサングラスといったファッション、タバコの吸い方に憧れた男性も多く、男女共に幅広く愛されました。
デビュー60周年を迎えた今年、引退について言及しその動向が注目されているアラン・ドロン。リビング・レジェンドの原点ともいえる作品『太陽がいっぱい』に隠されたもうひとつのテーマから、彼の魅力に迫ってみましょう。
大ヒットした名作でありながら謎が多い!淀川長治氏が語る『太陽がいっぱい』のもうひとつのテーマ
対談の名手といわれた作家・吉行淳之介による『恐怖対談』(新潮文庫)に、映画評論家・淀川長治(1909年〜 1998年)が『太陽がいっぱい』について解説する場面があります。アラン・ドロン演じる貧しい青年トムが、モーリス・ロネ演じる裕福なお坊ちゃんフィリップを船上で刺し殺すシーン。ナイフを使ったこの殺人は、この映画最大のラヴシーンであると淀川氏。衝撃の対談はこのように幕が上がります。
淀川 それに、あの映画はホモセクシュアル映画の第1号なんですよね。
吉行 (和田誠、同席の男性も)え、そんな馬鹿な。
まさかの展開に驚きを隠せない吉行氏と、挿絵を描くために同席していたイラストレーターの和田誠氏。この対談が行われた1970年代後半の日本で、この作品に同性愛的傾向をみてとったのは淀川長治氏ただ一人だったようです。さらに確たる持論を展開する淀川氏。「違うと思うんだがなあ。」と半信半疑の吉行氏ですが、次第に心を動かされていきます。
淀川 なぜ、そんなことわかるかいうと、映画の文法いうのがあるんです。一番最初、ふたりが遊びに行って、3日くらい遅れて帰ってくるでしょう、マリー・ラフォレの家へ。マリー・ラフォレのこと絵本でも買ってごまかそういって。ふたりが船から降りる時ね。あのふたりは、主従の関係になっている。映画の原則では、そういう時、従のほう、つまりアラン・ドロンが先に降りてボートをロープで引っ張ってるのが常識なのね。ところが、ふたりがキチッと並んで降りてくる。こんなことあり得ないのよ。そうすると、そばで見ていたおじいちゃんが、あのふたり可愛いね、いうのね。そして、絵本渡したら、マリー・ラフォレ怒ってしまうでしょう。あの映画、マリー・ラフォレとモーリス・ロネ、マリー・ラフォレとアラン・ドロンのラヴシーンはほとんどないのね。
吉行 うーん、映画の文法か。説得力が出てきたな。
淀川 そして、モーリス・ロネを殺してしまって、最後のシーンがくるでしょ。その時に、ヨットが一艘沖にいる。あれは幽霊なの。おまえもすぐ俺のところへ来るよ、という暗示なのね。
(中略)
吉行 はあ-っ(笑)。映画の文法として、ふたり一緒に降りるというのはおかしいというところ、迫力がありましたね。
淀川 ふたつの殺しがあるのね。ひとつはモーリス・ロネの、もうひとつは憎ったらしい太っちょを殺すの。ちゃんと分けてる。太っちょのほうは銅像みたいなのでガーン。モーリス・ロネのほうはナイフで刺す。刃物で殺すのはラヴシーン、前のは単なる殺しですよ。片っ方のは夢の殺しなの。殺せるか、殺せるか、殺せるか試してごらん、とうとう殺してくれたというね。
吉行 ぼくは、貧乏人と金持ちというパターンであの映画見てましたけどね……。
淀川 また、監督がルネ・クレマンだから、いえるのね。
吉行 そうですか……。いや、勉強になりました。長いこと小説家やってて、そこに気がつかないんじゃ駄目だな。
感嘆しながら、ついには納得せざるを得ない吉行氏。淀川長治氏の映画評論家としての深い洞察力と、自身も同じ性的指向もつことからくる鋭い直感力には脱帽するしかありません。
危うさを秘めた美貌が、監督の創造力を刺激!作品に恵まれた幸福な俳優人生
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この事実が明らかになるはるか以前から、『太陽がいっぱい』に秘められたもうひとつのテーマを敏感に察知し「主人公と、彼に殺害される友人はホモセクシャルな関係にあり、そのことがわからないとこの映画の魅力はつかめない」と確信をもって主張していた淀川氏。あらためて映画の奥深さ、ひいては人間の複雑さに気付かされます。
美しい男たちと美しいイタリアの風景、ニーノ・ロータの哀愁漂う音楽にアンリ・ドカエによる斬新なカメラワーク。名匠ルネ・クレマンのもと、すべてが奇跡的な調和を奏で劇的なラストへと導かれていく『太陽がいっぱい』。そのなかでもひときわ強い光を放ち圧倒的な存在感をみせるアラン・ドロン。彼の最大の魅力である「美貌の奥に潜む危うさ」を堪能できる代表作の決定版です。
やはり同性愛者だったといわれる巨匠ヴィスコンティ監督と組んだ『若者のすべて』の貧しくも純粋な青年、『山猫』(63年、ランペドゥーサ原作)のシチリアの青年貴族を演じるアランも必見。また、『スワンの恋』(84年、フォルカー・シューレンドルフ監督、マルセル・プルースト原作)に颯爽と登場するゲイの男爵もはまり役。彼特有の危うさを秘めた美貌は、監督たちの創造力をかき立てるのかもしれませんね。
今日82歳の誕生日を迎えるアラン・ドロン。彼が60年の俳優人生で残してくれた珠玉の映画を楽しみながら、有終の美を飾る作品を待つことにしましょう。
◆作品データ
『太陽がいっぱい』(1960年、イタリア/フランス)
監督:ルネ・クレマン
原作:パトリシア・ハイスミス
脚色:ポール・ジュゴフ、ルネ・クレマン
撮影:アンリ・ドカエ
音楽:ニーノ・ロータ
出演:アラン・ドロン(トム・リプリー)、モーリス・ロネ(フィリップ・グリーンリフ) 、マリー・ラフォレ(マルジュ)
吉行淳之介『恐怖対談』新潮文庫 1980