神花山古墳
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山口県熊毛郡平生町佐賀田名
平生町の田布施川河口にある神花山古墳は、5世紀前半に造られた前方後円墳です。埋葬者が女性という大変めずらしい古墳でもあります。発見のきっかけとなったのは、戦時中の昭和19年、海軍の軍用地だった神花山に高射砲の陣地を構築していたところ、石棺が...
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白鳥古墳 付陪塚及び周濠
山口県熊毛郡平生町佐賀
山口県内で最大規模と言われている大型の前方後円墳です。3段築成の墳丘は長さが120メートルあり、表面には葺石や埴輪などが見られる他、周辺には幅約15~20メートルの陪塚も見られます。5世紀の前半に造られたものだと推定されており、熊毛の王であ...
呼坂宿駅本陣跡
山口県周南市呼坂
今川了俊の日記に呼坂がえび坂と記されており、これを転じてよび坂と呼ばれるようになったと言われています。参勤交代の大名などの休憩や宿泊の場所であった呼坂宿は、西善寺が脇本陣、庄屋の河内家が本陣を引き受けましたが、呼坂でまかないきれないときには...
潮音洞
山口県周南市鹿野上大地庵
県の文化財にも指定されている潮音洞は、江戸時代の初め、水利に恵まれなかった鹿野台地の用水確保に立ちあがった岩崎想左衛門重友が、私財をなげうって建設したものです。漢陽寺の裏山を掘って水路を作り、錦川の上流から水を引きました。当時は測量の技術や...
佐波川関水
山口県山口市徳地船路
「佐波川関水(さばがわせきみず)」とは、東大寺を建て直すために「重源(ちょうげん)」が佐波川を使い、木材運搬用につくった水路です。当時は百数十カ所ほど関水がありましたが、現存するのは「徳地船路(とくぢふなじ)」のみです。関水は、木が流れにく...
岸見の石風呂
山口県山口市徳地岸見
山口市の徳地岸見に「岸見の石風呂」の遺跡があります。東大寺再建の際に木材を切り出して調達しました。重源上人が従事した人々の慰労のために造った石風呂です。花崗岩石を積み上げて石室を作りその中で、枝を燃やして石を焼き、濡れた莚を敷きます。その上...
菊ケ浜土塁(女台場)
山口県萩市菊ケ浜
下関戦争を契機に、長州藩の命によって現在の山口県萩市に築かれた土塁です。高さ3m、幅12mの土塁が50mにわたって残されています。この土塁の建造にあたっては、周辺の住民が老若男女問わず総動員されました。特に武家の妻や女中がさかんに働いたこと...
山縣有朋誕生地
山口県萩市川島
山縣有朋(やまがたありとも)は、明治政府の中心的な存在であった人物です。天保9年(1838年)、萩藩の中間(足軽の下の身分)であった「山県有稔」の次男として誕生しました。「小輔」、「狂介」といった幼名を持ち、文武に秀で、優れた槍の使い手でし...
萩城下街割原標石
山口県萩市江向495-4 萩市民館近く
江戸時代、毛利輝元が居城とした萩城。その萩城の築城と時を同じくして、城下町の町割が行われました。その際、町割の基準石となった標石が残っています。現在は萩市民館の横にあるこの原標石は、市民館建設の際に10メートルほど東南に移され、その後また市...
吉田松陰誕生地
山口県萩市椿東椎原
幕末の思想家として有名な「吉田松陰」は、天保元年(1830年)に萩藩士「杉百合之助」の次男として松本村(現在の椿東椎原)に誕生しました。4年後に叔父「吉田大助」の養子となりますが、吉田家を継いだ後も、両親と兄弟とともにこの地に住み続けました...
葉桜
錦帯橋(山口県)
松下村塾(山口県)
瑠璃光寺(大分県)
秋芳洞(山口県)
角島大橋(山口県)
萩反射炉(山口県)
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