明倫館遺構南門
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山口県萩市江向602 萩市立明倫小学校内
嘉永2年(1849)江向に新築された新明倫館の正門として建てられました。明倫館全体からみて南にあたるので南門と名付けられましたが、通称表御門と呼ばれていました。門は切妻造り本瓦葺きで桁行3.94メートル、梁間3.15メートルの一間一戸の四脚...
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旧福原家萩屋敷門
山口県萩市堀内
幕末の当主・福原越後は、長州藩が幕府への恭順を示すため、責を負って切腹させられた三家老の一人です。本拠は本領の宇部にありましたが、当主は萩藩の重臣として平素は萩に住むのが常でした。門の形式は腕木門で、両袖に潜り戸がついていて、屋根は切り妻造...
明倫館遺構万歳橋
山口県萩市堀内 指月公園内
長さ4.05メートル、幅員3.15メートルの太鼓橋は、花崗岩で造られ、万歳橋と呼ばれていました。藩校明倫館の遺構を移築したもので、明倫館遺構物として現在は堀内の指月公園内にあります。園内には他に、天守閣跡、梨羽家茶室、旧福原家書院、東園など...
小川家長屋門
山口県萩市土原298-1
小川家は萩藩の大組士で、藩政末期の当主小川厚狭佐は慶応元年(1865)から明治元年(1868)までの3年間萩町奉行を勤めました。この長屋門は、入母屋造り、桟瓦葺き平屋建て、桁行27.39メートル、梁間6メートルとかなり長いつくりです。門構え...
問田益田氏旧宅土塀
永代家老益田家の分家筋にあたる問田益田氏旧宅の土塀です。問田益田氏は、給領地を問田(現在の山口市)に持っていたことから問田益田氏と呼ばれました。土塀の構造は下部の石垣と上部の塗り壁に分かれ、石垣部分は高さ約1.45メートル、幅0.8メートル...
青木周弼旧宅
山口県萩市南古萩町2
13代藩主の毛利敬親の侍医を務めた青木周弼が生まれ育った家です。来客用と家人用の座敷に分けられた母屋が、全国から門下生が集まった青木家の事情を物語っています。長崎に遊学した際には、シーボルトに師事し一時、長崎で開業するも藩医となり、毛利敬親...
玉泉寺(萩市川上)
山口県萩市川上 玉泉寺
萩市川上にある、境内の一際大きな銀杏が目を引く「玉泉寺」。紅葉の季節には、もみじとイチョウの葉が鮮やかに地面を埋め尽くします。 境内の毘沙門堂には「木造毘沙門天立像」が安置されています。像高165cmのクス材の一木造りで、大陸風な鎧を身にま...
大内義隆供養塔
山口県萩市片俣1246
室町時代の守護大名 大内義隆が長門市大寧寺で自害し、側室の子息が逃れて、御舟子の養雲院の住職となって、義隆卿、正室、側室を供養するために建立した石塔三基です。萩市指定有形文化財になっています。義隆はザビエルと謁見し、領内での布教を許可した人...
旧湯川家屋敷
山口県萩市川島67
藍場川沿いにある藩政時代の武家屋敷で、桂太郎旧宅の近くにあります。藍場川の水の管理をしていたので、藍場川の最も上流にあります。江戸時代の地図をみると、「樋番(水門の番人)」と 書かれてあります。屋敷の中には橋を渡って入ります。一番の特徴は、...
下横瀬公民館(旧明木村立図書館)
山口県萩市明木下横瀬
旧明木村立図書館は、明治39年(1906)に明木尋常小学校内に開館しました。昭和34年(1959)に、読書組合創立50周年(昭和31年)記念として新図書館が完成すると、公民館として現在地に移築されました。村内の教育文化の向上を目指す瀧口吉良...
満開
錦帯橋(山口県)
松下村塾(山口県)
瑠璃光寺(大分県)
秋芳洞(山口県)
角島大橋(山口県)
萩反射炉(山口県)
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