七十二候「麦秋至(むぎのときいたる)」麦が黄金に実るころ
麦畑をさわさわとわたる初夏の爽風に、金色に実った麦穂が揺れます
初夏、麦が黄色く色づいてゆくのを、米が実る秋になぞらえて、「麦秋(ばくしゅう)」、「麦の秋」といいます。
これは、麦が熟し、麦にとっての収穫の「秋」であることから、名づけられた季節の呼び方。夏の季語の一つとなっています。
病人のかごも過ぎけり麦の秋(与謝蕪村)
麦秋や子を負いながらいはし売(小林一茶)
農耕に生きた昔の人は、黄金色の麦畑を見て、初夏を感じていたのでしょう。
「麦が豊年なりゃ米も豊年」とは、紀伊地方に残された豊作を喜んだことわざ。
麦と米。二毛作の田んぼでは、麦の収穫が終わると、これからあわただしく田植えの作業が始まるのです。
弥生時代の中期頃には始まっていたという麦作。麦は五穀の一つ
弥生時代の中期頃には、米の水田耕作とともに麦類が畑作生産され、私たちの祖先は、小麦を重湯(おもゆ)のようにして食べていたそうです。その後お粥や、粉にして平焼きにして食べるようになり、今のパンに似た食べ物をつくるようになったのだとか。
万葉集の東歌にも
馬柵(うませ)越しに麦食(は)む駒の罵(の)らゆれど
なほし恋しく思ひかねつも (作者不詳)
と、麦が登場。日本書紀の神代上第五段には、保食(うけもちの)神がなくなったときに、その体のあちこちから粟(あわ)、稗(ひえ)、麦、豆、稲が生じたとされ、天照大神が「この世に生きる人間の食物」と言われたと記載されています。
この粟(あわ)、稗(ひえ)、麦、豆、稲がいわゆる五穀。五穀が豊かに実る「五穀豊穣」は、いにしえから続く人々の願いです。
現在の日本は、世界でも有数の麦消費国。パンをはじめ、うどん、そうめん、きしめん、パスタなどの麺類、おまんじゅうやお菓子、ビールなどさまざまに使用され、私たちの食生活を豊かにしてくれています。
小津安二郎監督の映画「麦秋」は、原節子さん主演の名作
小津作品の中でも特に名作といわれる「麦秋」。おなじみのローアングルで描写された親子3世代の家庭の日常は、紀子の結婚が決まったとき、自宅で家族写真を撮影した後に崩壊し、失われていくのです。
映画のラスト近くに映されるのが、タイトルにもなっている「麦秋」の麦畑。紀子の結婚を機に、大和に隠居した両親が見つめるのは、豊かに実った麦畑沿いのあぜ道を行く花嫁行列です。そこに、昔の若かったころの自分たち、今は遠くにいる娘への思いが重なっていく……そんな人生の儚さ、切なさが見る者の胸に沸き起こるエンディングは実に圧巻です。
写真家・秋山庄太郎氏による貴重なポートレートの数々や写真アルバム展示のほか、原節子さん主演映画も順次上映中ですので、一度出掛けてみてはいかがでしょう。
まばゆいばかりの麦の輝きに、人生の豊かさ、人生の儚さを感じる「麦秋至」の時節です。
※参考
万葉植物事典(北隆館)
植物ことわざ事典(東京堂出版)
日清製粉グループHP「小麦粉百科」