台所俳句から「台所の聖女」への軌跡~久女忌
始まりは「台所俳句」から
情熱ゆえの苦悩と葛藤
ノラとはイプセンの『人形の家』の主人公の名前です。娘時代は父親に、嫁いでは夫に従ってきたノラが自我に目覚めて家を出るという小説ですが、久女にとっては夫が画家から教師になったことが「こんなはずじゃなかった」悩みの種であったようです。とはいえ自分はノラにはなれない…という葛藤を表わした一句です。この悩みは家庭不和につながりますが情熱の火は消すことが出来ません。
『花衣ぬぐやまつわる紐いろいろ』 久女
※季語「花衣」 花見に着ていくきもの
こちらの句はお花見から帰って来てきものを脱いでほっと一息、の情景を俳句にしたものですが、『~まつわる紐いろいろ』の表現はたいへん奥深いと言えるでしょう。現代でも女性はいろいろな『紐』に縛られて生きていることは変わらないので、共感できる女性も多いのではないでしょうか。
女性ならではの季語『寒紅(かんべに)』
「寒紅」は他の寒造り同様品質がよく、縁起物とされていました。ことに、土用の丑の日に発売される紅は「うし紅」と呼ばれて行列ができるほどの人気だったそうです。現在は昔ながらの「紅(べに)」はほとんど作られていませんが、明治時代までは紅売りがいて、焼き芋のように「かんべに~…」と売り歩いていたと言います。冒頭の久女の句は受け手によって解釈が異なるものかもしれません。「笑み解けて」をどう受け取るかが分かれ目でしょう。解けた「笑み」は唇を閉じたのか、笑みに開いたのか?気になるところですね。
久女伝説は小説やドラマにも
翌1987年にはドラマ「台所の聖女」(NHK)において、昨年亡くなった樹木希林さんが主演しました。その演技はたいへん好評でしたから、久女も草葉の陰で喜んでいたのではないでしょうか。
今年の冬土用の丑の日は来週の28日です。うし紅にちなみ、口紅を新調して久女の気持ちを想像してみるのも一興ですね。
出典・引用
『角川俳句歳時記 冬』 角川学芸出版編
『覚えておきたい極めつけの名句100』 角川学芸出版編
『俳人目安帖』 ジャパンナレッジweb
伊勢半 公式サイト