こっけい噺「青菜」を聞いて、「六月病」の無気力感を吹き飛ばそう!
「六月病」は新たな環境への適応が難しい新入社員に限らず、転職や異動、新しいプロジェクト……などの様々なストレスによって、ベテラン社員も例外ではなく倦怠感や無気力感を感じる心の病。そこで「六月病」対策として提案したいのが落語です!
四季を味わい、愛でる……。そんな落語の妙味にあやかって、六月病なんて吹き飛ばしてしまいたいもの。今回はこっけい噺のスタンダード「青菜」をご紹介します。
江戸時代以来の落語ウェーブが巻き起こっている!?
渋谷区のユーロスペース(映画館)で開催されている「渋谷らくご」(通称・しぶらく)は2014年発足の落語会なのですが、最近の落語ブームを牽引するかのように3点のマニフェストを掲げ、新風・落語会として大きな注目を集めています。
【しぶらくのマニフェスト】
●渋谷という場所だからこそ、若い人でも気軽に落語を楽しめる場所にします!
●新しい切り口の興行内容とスタイルを構築し、トレンドを作ります! 初めての人でもフラっと入って楽しめる、落語会を作ります!
●演劇、映画、お笑い……そんな文化と落語を並列化します!
「しぶらく」に「落語女子」「落語カフェ」……もはや落語はお年寄りや一部のファンだけのものではなく、若い女性がちょっと空いた時間に気軽に楽しめるものとして、いま、江戸時代以来の落語ウェーブが巻き起こっていると言われているのです。
こっけい噺のスタンダード「青菜」で涼をとる
「青菜」は、ある大きな屋敷の主人(ご隠居)が、自宅の植木を世話する植木屋を心憎いばかりにもてなす話なのですが、噺の始まりは庭の手入れを終えようとしている植木屋に、ご隠居が声をかけるところから始まります。
「さきほど、おまえさんが水を撒いてくだすったおかげで、青いものを通してくる風が、ひときわ気持ちよくなったよ」
仕事終わりに植木屋に「ご酒(しゅ)をおあがりかな?」と問うご隠居。「酒ならもう、なにより(誘ってくださるなんて光栄です)」と主人のもてなしを喜ぶ植木屋。
植木屋と酒が飲めるとあってご隠居は、「奥(奥さん)や」と別間にいる妻(さい)に声をかけます。
早速、妻が用意したのは「柳影(やなぎかげ)」なる冷酒と鯉のあらい。貧乏な植木屋は贅沢な鯉のあらいなどを口にする機会がなく、植木屋にとって初めてお目にかかる料理だったのです。
「この白いのが鯉のあらいですか? ああなるほど、鯉をあらって白くしちまうから、それで“あらい”というんで?」。植木屋の気取らないずっこけぶりが、またご隠居を喜ばせます。
この少しの会話だけで、緑したたる縁先、冷酒「柳影」に、氷に盛られた鯉のあらい……。清々しい風に揺られる風鈴の音が聞こえてきそうですね。
ご隠居にもてなされ、感激する植木屋ですが……
ご隠居に問われた植木屋は「大好物だ」と答えます。するとご隠居は、再び「奥や」と妻に声をかけ「菜を出すように」と言うのですが、ご隠居の言葉を聞いた妻はこう答えます。
「鞍馬山から牛若丸がいでまして、その名を九郎判官(くろうほうかん)」
妻がいう言葉は意味不明。植木屋は言葉を発せず、二人の様子を窺います。するとニコニコした表情のご隠居が「ああ、義経、義経」と妻に声をかけたのです。
はてさて、植木屋は驚きます。この会話は夫婦にしかわからない謎のやり取りだからです。
戸惑う植木屋の表情を見たご隠居が、種明かししたところ……。
これはお客様に失礼がないように配慮した「隠し言葉」のようなもの。妻の言葉「鞍馬山から牛若丸がいでまして、その名を九郎判官」はつまり、「名(菜)を九郎」=(菜を食らう/もう食べてしまってない)という意味だったのです。
「こりゃあ、なんて粋な会話なんだ」と感激した植木屋。ところがご隠居の返事はもっと粋だったのです。ご隠居が笑顔で妻にかけた言葉は「ああ、義経、義経」。この短い言葉はつまり「よし、よし(構わないよ)」の意味だと言うのです。
「こうやりゃあ、客に知られたくないことを夫婦だけがわかる会話で話せるんですね」と、植木屋はいたく感心します。
ご隠居のように粋な会話がしたいと思った植木屋は……
「いいか、鞍馬山から牛若丸がいでまして……とやるんだぞ」と女房に念を押すも、女房はすぐに事情をのみこめず、いやがります。そんなこともお構いなしに(屋敷の妻のように)女房を次の間に控えさせたいところですが、植木屋の家は狭くて次の間なんて気の利いたものはありません。そこで仕方なく布団が詰め込まれた狭い押し入れのすき間に、なんとか女房を押し込みます。
そんな事情を知らない熊は、懇意にしている植木屋の家に上がり込み、あぐらをかいて酒を飲み始めます。ところが植木屋は、先ほど自分が主人に言われた通りのことをそのまま熊に言うものですから、会話は見事に食い違ってしまうことに……。このあと、噺はいよいよ大団円を迎えます。
ドタバタ噺を聞いて心の重荷を下ろす!それが意外と六月病の特効薬に
大工の熊「あなた? ずいぶん他人行儀な口ぶりだな。いやいや今日は仕事休んで朝から昼寝してたんだ」
植木屋「青いものを通してくる風が、ひときわ気持ちがいいな」
大工の熊「ん? 青いものったって、なんもありゃあしねえ。そこにごみ溜めがあるだけだ」
植木屋「ごみ溜めを通してくる風が、ひときわ気持ちがいい」
大工の熊「なんだ、おかしなことを言うな、どうしちまった」
植木屋「大阪の知り合いから届いた柳影だ。さあ、おあがり」
大工の熊「柳影?って、これはただの安酒じゃあねえか」
植木屋「次はさあさあ、鯉のあらいをおあがり」
大工の熊「鯉のあらい?って、こりゃあ、鰯(いわし)の塩焼きじゃあねえか」
植木屋「で、ときに植木屋さん」
大工の熊「なに言ってんだ。植木屋はおめえだ。おらあ大工だよ」
植木屋「そうだった。ところで、あなたは菜をおあがりか?」
大工の熊「菜? きれえだよ」
ただ酒飲んで、鰯を食らっている大工の熊とのちぐはぐな会話のまま植木屋は、こちらの思う通りに菜を食べさせようという段を迎えます。しかし、「菜は嫌いだ」とすげなく言われた植木屋は、粋な会話がしたい一念で、あきらめきれず言葉を継ぎます。「おめえがきれえなら、食わせやしねえ。だが、ここは“食う”と言っとくれ」。
悲壮な表情の植木屋に泣きつかれた熊は、これはただ事ではないと「じゃあ、食うよ」と言います。
しめた!……と植木屋。ここぞとばかりに手を打って「おい、奥や」と声高らかに女房を呼びます。その声を合図に女房は、汗びっしょりの姿で押し入れから転がり出てきたものの、
「旦那さま……鞍馬山から、牛若丸がいでまして、その名を、九郎判官、義経」……。
なんと! 最後の決め台詞「義経」まで女房が言ってしまったのです。
とっておきの言葉「義経」を言われてしまった植木屋。慌てふためき困った末に、植木屋はこう言います。「うーん、弁慶にしておけ」……
── オチの「弁慶にしておけ」は爆笑必至の名場面。植木屋にとって「義経」と言えば「弁慶」。苦し紛れに「弁慶」と言ってしまうこっけいさに、心がフッと軽くなりませんか。
心が重いときやストレスを感じたときの最高のリフレッシュ法は、やはり笑うことかもしれません。この時季にフラっと寄席に出かけ、こっけい噺に耳を傾けて心の重荷を下ろす……、それが意外と六月病の特効薬になるかもしれませんね!