3月18日は何故「精霊の日」?―和歌と彼岸と言霊の関係を探ります
色見えで移ろふものは世の中の人の心の花にぞありける
彼岸の入りと「夢の歌人」
冥きより冥き道にぞ入りぬべきはるかに照らせ山の端の月
そんな「精霊記念日」にふさわしく、小野小町はよく「夢の歌人」と言われています。花ひらく貴族文化で活躍した、六歌仙や三十六歌仙の一人でもあった才女です。意外にわかりやすい歌も多いので、黙読ではなく、ぜひ声に出してうたいあげてみてください。言霊が立ち上がることでしょう。
・花の色はうつりにけりないたづらに我身(わがみ)よにふるながめせしまに
・思ひつつ寝(ぬ)ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを
・夢路には足も休めず通へども現(うつつ)に一目見しごとはあらず
・色見えで移ろふものは世の中の人の心の花にぞありける
・瑠璃の地と人も見つべし我が床は涙の玉と敷きに敷ければ
百人一首の中の有名な一首、夢をうたう和歌、仏教を詠んだもの。小町は華麗な技巧とともに情熱的な恋愛をうたいあげ、和歌に新しい風を起こしました。絶世の美女とされて伝説も多く、謡曲、浄瑠璃、御伽草子などで物語化されています。作品のみならず小野小町自身も、夢と現が揺らめく世界に今も生きているのですね。
恋多き和泉式部、歌聖なる柿本人麻呂
もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波の行方知らずも
・春霞立つや遅きと山河の岩間をくぐる音聞こゆなり
・あらざらむこの世の外の思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな
・冥(くら)きより冥き道にぞ入(い)りぬべきはるかに照らせ山の端(は)の月
最後に、黒一点の柿本人麻呂です。『万葉集』の代表的歌人であり、三十六歌仙の一人で、持統・文武両天皇に仕えました。小野小町や和泉式部とは作風はガラリと変わり、重厚で雄大な世界観です。その一生には謎の部分も多いようですが、後世、歌聖とあがめられました。国家の中央集権体制が強化の中の儀礼的なシーンの歌も多く、文字通り「宮仕え」を感じさせる作品群ですね。
・東(ひむかし)の 野には炎(かげろひ)のたつ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ
・近江(あふみ)の海夕波千鳥汝(な)が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ
・もののふの八十(やそ)宇治川の網代木(あじろぎ)にいさよふ波の行方知らずも
一千数百年前に詠まれた歌の数々。あえて当時の言葉遣いのまま、声に出して詠んでみてください。中世の精霊へのタイムスリップで、新たな発見を楽しめることでしょう。
【歌の引用と参考文献】
高松寿夫(著)『コレクション日本歌人選 柿本人麻呂』(笠間書院)
大塚英子(著)『コレクション日本歌人選 小野小町』(笠間書院)
高木和子(著)『コレクション日本歌人選 和泉式部』(笠間書院)
近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ