蓮池に雨繁くなる慈雨愛雨ー俳句歳時記を楽しむ
大夕立金輪際を響かする
そして初夏・仲夏・晩夏と夏全体の雨の季語については、「夏の雨」をはじめ、お馴染みの「夕立」、夕立と同じく盛夏の俄か雨を意味する「驟雨(しゅうう)」、そして夕立とペアのイメージが定着している「雷」など、江戸から現代まで多様な句が並びます。
・大夕立金輪際を響かする
〈中島月笠〉
・大夕立来るらし由布のかきくもり
〈高浜虚子〉
まずは、大きな視界の句から眺めます。大夕立は「おおゆだち」と読みます。由布は、大分県の由布(ゆふ)岳。俄かに真っ黒な夕立雲に包まれて行く、進行形の俳句です。
地下鉄道驟雨に濡れしひと乗り来る
・法隆寺白雨やみたる雫かな
〈飴山實〉
・夕立や鵞の声白く池暗し
〈幸田露伴〉
鵞(が)とは、ガチョウのこと。幸田露伴が、不忍池あたりを散歩していたのでしょうか。「白」が続きますが、確かに夏の夕立では、辺りが無彩色に一変しますね。
・夕立に走り下るや竹の蟻
〈丈草〉
・夕立が洗っていった茄子をもぐ
〈種田山頭火〉
・地下鉄道驟雨に濡れしひと乗り来る
〈山口誓子〉
・高原驟雨真鯉のような青僧侶
〈穴井太〉
誰もが一度は急な雨に慌てて、走って雨宿りした経験があることでしょう。夕立の句では、ミクロな焦点の蟻や茄子や人にも、リアルな実感が伴います。
八雲立つ出雲は雷のおびただし
夏ならではの花火と雷
・雷に茄子も一つこけにけり
〈涼菟〉
・雷に小家は焼かれて瓜の花
〈蕪村〉
江戸の句は、視線がやさしい。作物に実りをもたらす雨や雷との関係も、現在とはいくぶん異なっている気がします。
・迅雷や草にひれふす草刈女
〈西山泊雲〉
・夜の雲みづ~しさや雷のあと
〈原石鼎〉
・八雲立つ出雲は雷のおびただし
〈角川源義〉
最後の句は、地理条件から、常に雲が湧き立っている出雲での雷。本歌取りのほか、雲や雷がリズミカルに並び、視覚にも訴えます。
そんな神秘を秘めた蓮の葉から、水玉となって転がる水滴。やはり晩夏の季語でもある蓮の花は、夏の雨と相性が良いのです。
・草市ヤ雨ニ濡レタル蓮ノ花
〈正岡子規〉
・紅蓮白蓮咲き立つ雷雨の後の息
〈赤尾兜子〉
・蓮池に雨繁くなる慈雨愛雨
〈山口誓子〉
季重なりも味となり、雨の香りがまるで漂うかのように、蓮の花、転がる水滴、けぶる一帯の光景が浮かびます。まだまだ油断のならぬ、夏の雨。立秋に向かう今後の雨も、まさに蓮に降り注ぐ慈雨のように、やさしさに満ちていて欲しいものです。
【句の引用と参考文献】
『新日本大歳時記 カラー版 夏』(講談社)
『カラー図説 日本大歳時記 夏』(講談社)
『第三版 俳句歳時記〈夏の部〉』(角川書店)
『角川俳句大歳時記「夏」』(角川学芸出版)
『読んでわかる俳句 日本の歳時記 夏』(小学館)