梅雨を楽しむ──7月の詩歌
この季節に甘い香を放つ栗の花
どんな季節でもその季節しか見ることのできない、風景や情緒があります。
うっとうしい季節でも、それを言葉のマジックと想像力で楽しんでしまいまいましょう。
初夏の午後、たとえば俳句や詩のアンソロジーをひっくり返して時間をつぶすのは楽しいものです。
この季節ならではの詩歌をご紹介します。
季節と自然と人物
「梅雨」の言葉が広く使われるようになったのは、大正時代以降のことのようです。
「五月雨」で有名なのは、
〈五月雨を集めて早し最上川〉 芭蕉
目の前をさっと過ぎる水の流れを詠んで、まるで映画のような趣きのある句ですね。
この季節の花の代表はなんといってもあじさいなのですが、あまりいい句は見当たりませんでした。
朝顔もこの季節の代表ですね。
〈朝顔の双葉のどこか濡れゐたる〉 高野素十
あじさいの葉先に座った雨蛙も濡れています。これも有名な句です。
〈青蛙おのれもペンキ塗りたてか〉 芥川龍之介
この季節に強く、甘く香るのは、栗の花です。
〈花栗のちからかぎりに夜もにほふ〉 飯田龍太
次の俳句はまるで美人画のようです。「眉ひそめ」ではなく「眉あつめ」が奥ゆかしい味わいです。
〈青梅に眉あつめたる美人かな〉 与謝蕪村
こんなふうに、自然の風物と人物が交差して季節の情緒を作っているのが、詩歌の楽しさです。
〈馬鈴薯の花咲き穂麦あからみぬあひびきのごと岡をのぼれば〉 北原白秋
季節のおどろきとノスタルジー
〈虹二重(ふたえ)神も恋愛したまへり〉 津田清子
これに対して、立原道造の言葉はノスタルジックではかなく、たとえば、次の詩は初夏の午後にうとうととして、過去に見たことのある短い夢をもう一度見たような気分です。
〈僕はちつともかはらずに待つてゐる
あの頃も 今日も あの向こうに
……
やがてお前の知らない夏の日がまた帰つて
僕は訪ねて行くだらう お前の夢へ 僕の軒へ〉 立原道造「燕の歌」より
最後に夢のような不思議な俳句を一句。
〈梅雨に入りて細かに笑ふ鯰かな〉 永田耕衣
静かにすべてしっとりと濡れているような世界の片隅で鯰がひとり笑っている……不思議な風景がこの季節のあいまいな気分にあっているのではないでしょうか。