春一番吹いて、二十四節気「雨水」。氷も溶けて水になりゆくころ
陽気地上に発し、雪氷とけて雨水(うすい)となればなり
江戸時代に刊行された暦便覧でも「雨水」は、「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり」と記され、雪や氷が溶け、雨や水となるころと表されています。
また「雨水」の日に雛人形を飾ると、女の子が良縁に恵まれるといういいつたえも。すでに立春から出しているご家庭も多いかと思いますが、まだでしたら今日から飾ってみてもいいかもしれません。
上巳(じょうし)の節句、3月3日まではあと2週間ほど。わが子のため(あるいは自分のため)に雛飾りを出すたび、慈しみ育ててくれた母や祖母の深い愛情に包まれるような、春のように暖かい気持ちになれるのもこの時季ならではです。
春一番、三寒四温、氷下待ち網漁
寒い日が3日ほど続くと、その後4日間ぐらいは暖かいということをさし、これを繰り返しながら、だんだん暖かくなり、春へと向かってゆきます。
一方、北国ではまだまだ氷も雪も溶けるにはまだ早く、根室市では凍った湖の氷に穴を開けて仕掛けた網で魚をとる伝統の「氷下待ち網漁」が行われます。これは、100年以上前から続く根室地方の冬の風物詩。スノーモービルに乗って漁場に向かい、氷に開けた穴から仕掛けてあった網をゆっくりと引き上げるといった漁で、氷が薄くなる3月中旬ごろまで続きます。不要とされ捨てられる魚を目当てに、天然記念物のオオワシやオジロワシなどが数多く集まってくるのだそうです。
飛信子、風信子とも書く、香り高く咲く花、ヒヤシンス
ヒヤシンスが日本へやって来たのは江戸時代末。風に漂って香るこの花の匂いに春の便りを感じたのか、明治時代には「飛信子(ひやしんす)」「風信子(はやしんす)」などの字が当てられたとか。子供のころ学校で、球根を水栽培したこともありましたっけ。
須賀敦子さんの小品「ヒヤシンスの記憶」には、野に咲くヒヤシンスを詠ったサッポオの詩や、彼女自身が幼いころ庭に植えたヒヤシンスが紫色ばかりだったこと。パリで過ごした春、森に咲いていたヒヤシンスをハンカチにそっと包んでもって帰ったことなど、いくつもの花をめぐる思い出が綴られています。
希望とおなじ、いい匂いで。
冒頭に掲げられたトリエステ生まれの詩人・ジョッティの情情詩の一節は、須賀さん自身の訳でしょうか。2人の息子を戦争で亡くし、妻が精神を病むという境遇だったというジョッティ。詩の一節一節をたどるだけで、家族で囲んだ食卓に飾られたヒヤシンスの香りが、切ないまでに胸いっぱいに広がってきます。
※参考&引用
ヒヤシンスの記憶(須賀敦子著)