七十二候『蟷螂生(かまきりしょうず)』。夫さえ食べてしまう「ぶれない」生き方が眩しい
指揮者のようですが、威嚇してます
「頭からむしゃむしゃと」いただく、その理由とは?
ナットウのようですが、孵化してます
カマキリは、スポンジ状の卵嚢(卵鞘)で越冬し、5月〜6月に一斉に孵化します。おしりから糸を引いて、足がひっかからないよう全身うすい膜をかぶってくねくね下りてくる姿はナットウ状のメダカ・・・のようですが、ピリッと膜を脱ぐと、あのカマキリ型に! 体が固まるのを待って、よちよち歩き出します。うっかり足を滑らせれば下で待つトカゲやらアリやらクモやらにパクッと食べられ、信じられないことに兄弟たちも容赦なくカマで襲いかかってきます。弱肉強食以外のモノサシなし! それがカマキリの掟なのです。
生まれた目的はただひとつ、「強い卵を残す」こと。
動くエサしか食べないカマキリは、自分が生きることと他者の命を奪うことが直結しています。大人になるまで7〜8回脱皮しますが、それに合わせて獲物もサイズアップ、自分たちを狙ってきたトカゲやカエルさえ食べてリベンジです。けれど大きな敵はいつもいて、共食いもさかんなため、兄弟の多くは大人になれません。
最後の脱皮では美しい羽が伸び、もう飛ぶこともできます。すべすべでスラリとした肢体は、とてもスタイリッシュ。同じ親から生まれても、周囲の色や温度によって体が緑色になったり茶色になったりするそうです。日本には、オオカマキリなど10種類くらいのカマキリが暮らしています。
食料(獲物)が豊富な夏は、とにかく「むしゃむしゃ」「もりもり」「がつがつ」(←カマキリの食事風景は必ずこんな形容)。ことにメスの食欲はすさまじく、見かけは細い体と小さい口で小食そうなのに、チョウやバッタなら羽だけ残して立て続けにがんがん完食。しかも驚くべき消化力・・・まさに昆虫界の「大食いクイーン」なのです!
狙った獲物との距離を測り、カマを閉じたまま辛抱強く食事を待つカマキリ。その姿がまるで祈っているようだと、外国では『祈り虫』、日本でも『おがみむし』などと呼ばれています。食前のお祈りなのでしょうか。手が届く距離になったその瞬間、バッ!とカマを繰り出し、ガッチリつかむとすぐさま頭から食べ始めます。足を動かす神経節が集まっている首を最初にかじって、ドカッと蹴られる心配をなくしてからゆっくりいただくのですね。モモの部分を最後にとっておいたりして本当に美味しそうに食べます。
食後は、口を使って丁寧に汚れたカマを掃除します。獲物の体液が付いたままではカビや細菌が繁殖し、だいじな武器(と自分)の寿命にかかわりますから・・・刺客が刀の手入れをするのと似ていますね。
威嚇する!たとえ相手が車でも
『蟷螂の斧(とうろうのおの)』とは「カマキリのカマ」、それを振り上げる行為。「力のない者が、自分の非力を省みず強い相手に立ち向かうこと」という意味の故事成語です。
「己を知らぬ愚かさ」という解釈もありながら、このような迷いのなさは、昔の中国でも一目おかれていたようです。
春秋時代の中国。斉の国王が乗った車の前に、一匹の虫が立ちはだかり、前足を上げて今にも車輪に討ちかかろうとしています。
「これはなんという虫だ」という王の問いに、御者が「これはカマキリといって、進むことは知っていても退くことを知らない虫です。自分の力量もわからず、敵に向かっていくのです」と答えました。すると国王は、「この虫がもし人間であったなら、必ず天下に名をとどろかす勇武の人になるであろう」と言って、車を迂回させカマキリをよけて通ったのです。
武術に生きる人たちは、これを聞いて「力が及ばなくても死力を尽くさなければならないことがあるのだ」と知ったのでした。(『韓詩外伝』より)
大柄のトノサマバッタも、威嚇されたショックで蛇に睨まれた蛙や小鳥のように動けなくなってしまうといいます。カマキリとしては「いきなりカマを出すには、ちょっと危険かな」という相手に対してのみ威嚇をかまし、ひるんだすきにかじるという作戦のようです。けれど、相手が小鳥・ネコ・人間・車などでも「もしかして、大きく見せたらかじれるかも!」と思っているのでしょうか。
カマキリは、花の蜜など存在しない昔から地球上にいたといいます。つねに戦って生き残り、進化しながら自然界のバランスをとってきた資質なのでしょう。「ハングリー精神」とはカマキリのための言葉かもしれませんね。
卵には栄養が必要だから、ママはついでにパパも・・・
幽体離脱のようですが、交尾してます
同じ仲間でもバッタなどの虫は体が曲がらないのですが、カマキリは柔らかい関節が多く、 人間のように頭だけグルッと回して後ろを見たり下を向いたり、腰を曲げたり首をひねったり振り返ったりします。体を大きく動かさないので、存在を気づかれにくいのですね。
腕とカマの間の小さな関節で、前後左右にカマを動かし回転させ、葉につかまって歩きます。威嚇する姿が燕尾服を着た指揮者のように見えるのも、無音で優雅な身のこなしのせいでしょうか。
体の重いメスの羽は主に威嚇用なのですが、小柄なオスは「威嚇してまで大きな獲物を食べなくても」という方針のようです。そのかわり、交尾のためにメスが出す匂い物質を『妖怪アンテナ』のように触覚でキャッチし、野原を身軽に飛んで探しまわります。
メスを発見したら、背後からそーっと近づきます。もし見つかるとエサだと思って食べられてしまうからです。隙を見てサッと背中に飛び乗り、交尾を始めましたが、なんとメスが振り向いてオスの頭をかじっています。しかも、その首の無い状態で交尾は続行しているではありませんか!
交尾行動は胸や腹の神経節で支えられているので、じつは頭が無くても半日くらいは続行可能なのだそうです。むしろ脳の「セーブしろ」という信号がないぶん活発にできるのだとか(それをねらってメスがわざと頭だけ食べているとしたら、すさまじすぎますが・・・)。また交尾中は無事でも、終わったとたん食べられたりするので、オスは気が抜けません。
それなのに、かじられたオスはなぜかされるがまま。自ら卵の栄養になろうという究極の父性愛なのでしょうか。単に「ぶれない」メスが強力すぎて抵抗できないのでしょうか。
ちなみに、交尾の後ピュ〜と逃げて、たすかるオスも多いそうです。
いよいよ「食べまくる季節」の幕開けです!
生涯をかけ苦労して産んだのに、卵嚢ができあがったらもう振り向きもしないのだそうです。できることは全部やった。たくさんの命を卵にこめて、親カマキリはその生涯を閉じます。
今年も狩りの季節がやってきます。自然が用意してくれたさまざまな味覚を、若いカマキリたちは堪能することでしょう。生きる目的が複雑になりすぎた人間の目には、夏空の下で迷いなく全力を注ぐ彼らの生き方が眩しすぎるのです。
<参考>『ファーブル写真昆虫記 11』J.H.ファーブル(岩崎書店)