晩秋は恋の季節!身近すぎて知られていない神秘の?ナメクジライフ
頬ずりをして繁殖!? 奇想天外なナメクジの「交尾」
ちなみになぜ身を守るためのシェルターである殻を退化されるのかといえば、貝殻を形成し維持するためには、その分食物を多く摂取せねばならないこと、重い殻を背負って移動するエネルギー消費が生存に不利になるためで、このように殻を退化させた陸生のナメクジ類が現れたのは二億年以上も前。長い時代を生き抜いてきた生物です。
食性は特に腐った葉やキノコを好みますが何でも食べる雑食で、虫や動物の死骸も好物。何か人間の食べ残しなどが落ちていると、ほどなく彼らが群がりますよね。口の中にはボール状の舌があり、その舌の表面に二万七千もの細かな歯が生えていて、なめて削り取るようにして食物を摂取します。呼吸は外套膜(背面を覆う粘膜)で空気呼吸をし、目はあまりよくなく光を感じる程度ですが、前方の髭のような触角でにおいを敏感に嗅ぎ取って行動しています。
また、ナメクジは雄と雌両方の生殖器官を持つ雌雄同体の生き物で、自家生殖(単性生殖)も可能ですが、その場合産卵数が少なくなるために別の個体と交尾をします。その際には顔のすぐ側面の、人間で言えば首か頬のあたりにある生殖器から生殖管を長く伸ばし、互いに絡み合い頬ずりでもするようにして双方相手に精子を注入し受精します。なんとも奇想天外でちょっとグロテスク。卵は落ち葉の下や石の下などに卵塊の状態でビーズのような乳白色の卵を一度に40~60粒ほど(年間では300個ほど)産み付けますが、卵は意外なことに高温が弱点。そのため夏の時期を避けて気温の低くなった晩秋から冬、春先までが繁殖時期。ナメクジは初夏から夏の高温・長日条件下では性成熟が抑制され、気温が低下し、日足が短くなる秋に性成熟を促進する反応を形成しているため、まさに晩秋はナメクジたちには恋の季節なのです。
晩秋に生れた赤ちゃんナメクジは、厳冬期を迎えるとそのまま暖かい朽葉の下や建物の隙間などで越冬して、春になると活発に活動するようになり、私たちの目にふれる機会が増えるのです。
昔見たナメクジと最近のナメクジってどこかちがう……静かに交代していたナメクジ界の勢力図
マダラコウラナメクジ 出典:ナメクジ捜査網
ナメクジの世界にもやはり勢力争いがあるんですね。
そして近年、また新たに新顔の外来種が日本列島で繁殖をはじめていると噂されています。その名もマダラコウラナメクジ。最大で20センチにもなるといわれる大型のナメクジで、全身に黒いマダラの豹紋があるグロテスクな外形をしています。2006年に茨城県ではじめて発見され、それ以降福島、長野、北海道など距離の離れた4道県で確認されたため、生息域が全国に拡大しつつあると推測されています。京都大学理学研究科助教の宇高寛子氏は「ナメクジ捜査網」なるプロジェクトを発足。外来種生物が日本に適応していくプロセスをリアルタイムで観察する貴重なチャンスとして、「ヒョウ柄で大きいナメクジを見つけたら一報を」と呼び掛けているそうです。さがしてみてはいかがでしょう。
(巨大ナメクジ目撃情報、ツイッターで募る 京大助教が「捜査網」京都新聞 )
ただし、ナメクジにはこの種に限らず朽ち葉や野菜などを食べた際に広東住血線虫の中間宿主となっている場合があります。触れた場合にはよく手洗いをしましょう。
実は案外愛されてるかも? 文学や漫画、じゃんけんまで・なぜかナメクジはメジャーです
中国の秦代(または周代)の関尹子(かんいんし)には、「蛆食蛇。蛇食蛙。蛙食蛆。互相食也。(ムカデは蛇を食べ蛇は蛙を食べ蛙はムカデを食べる。互いに食い合う)」という有名な「三竦み」の記述が見られますが、この三竦みの関係はなぜか日本ではムカデがナメクジ(蛞蝓)に取って代わります。
そして江戸時代までのジャンケンの一種には「虫拳」と呼ばれるルールがあり、人さし指一本立てるのがヘビでカエルに勝ち、親指一本を出す(サムアップですね)とカエルでナメクジに勝ち、小指一本を出すとナメクジでヘビに勝つ、というものです。この三竦みの関係は、江戸時代末期の天保期から明治初期に書きつがれた娯楽小説「児雷也豪傑譚(じらいやごうけつものがたり)」で、蝦蟇の妖術使い義賊・児雷也と、その宿敵の蛇使い大蛇丸(おろちまる)、児雷也の妻のナメクジ使い・綱手(つなで)姫の三竦みの戦いに援用されて読者を熱狂させました。児雷也・大蛇丸・綱手は、後に少年ジャンプでロングヒットとなる漫画「NARUTO」で主要キャラクターとして転用され、世界中の人々にも知られることになりました。漫画の中では綱手とともに眷属の大ナメクジ「カツユ」も大活躍します。同じ少年ジャンプでは、あの誰もが知る「ドラゴンボール」でナメクジをモデルにした宇宙人「ナメック星人」か登場しますし、手塚治虫の代表作「火の鳥」の「未来編」では、人類の滅びたあとに知能を持ったナメクジが大繁栄するエピソードが語られます。
また、岐阜県中津川市加子母(かしも)の小郷(おご)地方では、旧暦の7月9日に、文覚上人(もんがくしょうにん)の墓石にナメクジが這い上がり、村民が供養に勤める「小郷の九万九千日」が古くから行なわれていました。近年「なめくじ祭り」として、観光客の集まる奇祭として有名になっています。
東京の港区芝公園の宝珠院には、境内のどこかに三竦みの蛇、蛙、ナメクジの石像があって、平和祈念のパワースポットといわれています。嫌われていると言いながら、日本人はナメクジのスローで静かな生態に、さまざまな争いごとの緩衝となる力を感じていたのかもしれませんね。気持ち悪がるばかりではなく、見かけたら少し興味を持って観察してみると、案外けっこう愛らしい生き物だと感じられるかもしれませんね。