キモカワ? コワキモ? 4・5月の林下に出現する妖怪「テンナンショウ」の正体とは?
ほんとにあったテンナンショウの怖い話
野草を紹介した地方出版社のとある本に書かれていた、本の著者の幼少期のエピソードです。ここで語られている「化け物」というのは、薄暗い林に生えるマムシグサのこと。
マムシグサは、サトイモ科テンナンショウ(天南星:Arisaema、英語ではCobra lilyとも)属の一種。テンナンショウの仲間は世界に150~200種、日本には30種ほど(変異や亜種が多数あり)が自生しています。コンニャク、ミズバショウも近縁です。漢字では「天南星」。あの、全天でシリウスの次に明るい恒星カノープス(布良星)のこととも、夜空に広がる星の意味をあらわし、特徴的なヤツデのように広がる鳥足状複葉を、星が広がる様にたとえたもの、とされています。
テンナンショウという属名は、漢方薬が由来。
マイヅルテンナンショウ、ムサシアブミ、マムシグサ、コウライテンナンショウなどの塊茎を輪切りにし、石灰でまぶして生成します。サポニン、安息香酸、デンプン、アミノ酸などを含み、
去痰、鎮静、抗痙攣などの作用があり、中風、破傷風、熱性痙攣などに使用されます。
また粉末を傷に塗ると、鎮痛効果や殺菌効果があるとされ、かつては家庭でよく使われていたとか。
この毒性をかつて便所が水洗ではなく汲み取り式がほとんどだった頃、農家では便槽に湧く害虫駆除のためにマムシグサを根ごと引き抜き、便槽に放り込んで殺虫剤として使用していました。子供たちにとっては昔のトイレはそれでなくても恐怖の場所で、そこに奇怪なマムシグサが浮んでいたら、さぞ怖かったことでしょう。似たような思い出を、年配の方たちが語っていました。
男にも女にもなれる奇怪な花、それは恐怖のフードコート一号館・二号館
ウツボカズラ
水差しか一輪挿しのような仏炎苞のかたちを見て、東南アジアに生育する食虫植物(昆虫など小動物を罠や粘液で捕らえて養分とする植物)ウツボカズラの仲間だと思う方も多いとか。実際、ウツボカズラにも似ていますし、特にウツボカズラの仲間のサラセニアとは、そこだけ見れば同じ仲間だと思うのも無理はないほどそっくりです。でも、テンナンショウは虫媒花(昆虫をおびきよせて受粉する植物)ではありますが、いわゆる食虫植物ではなく、近縁種でもありません。
でも、この仏炎苞をよく観察してみますと、雄花と雌花で大きさ以外にもちがいがあります。仏炎苞の茎の付け根、一番下の部分に、雄花は隙間があいていますが、雌花にはありません。実はここに、テンナンショウの受粉戦略があります。何と食虫植物と見まごうようなトラップが仕掛けられているのです。
仏炎苞を縦に割ってみると、雄花では苞と花序の間に隙間があり、虫は自由に花の間をうろつけます。ところが雌花は隙間がほとんどありません。受粉の際、おびき寄せられるのはキノコバエというキノコに産卵する習性をもつ昆虫。テンナンショウはキノコに似たにおいを発して、キノコバエを引き寄せるのです。さしずめ、おいしそうなにおいで集客するフードコートでしょうか。雌雄株とも花序の先端部の付属体といわれる棒状のものにネズミ返し(下には降りられるが上には上れないハードル)がついており、一度花に入り込むとハエは仏炎苞の上へと戻ることは出来ず、全身花粉まみれになった状態で雄花の仏炎苞の下部のすき間から脱出、次に雌花に入り込みます。しかしフードコート二号館である雌花には下部にすき間がないのです。雌花の仏炎苞の中でキノコバエはさんざんもがいて死んでしまいます。こうして効率的・確実に、ほぼ全ての雌花が受粉して種をつけるわけです。ハエの命と引き換えに。
「入り口は上階、出口は下となっております」ウラシマソウの釣り糸もまた恐怖のエントランスだった
ウラシマソウ
ただ、「釣り糸」が出たテンナンショウは他にもあります。マイヅルテンナンショウです。でも、マイヅルテンナンショウの釣り糸は空に向けてのび、空中に浮いています。マイヅルテンナンショウは草丈が高く、また好んで生える場所も他のテンナンショウと比べると比較的明るい場所。これは空中を飛ぶ昆虫を導きいれるためのアドバルーンとかのぼりのような役割なのではないでしょうか。釣り糸付属体の向きが、それぞれの植物の戦略を対照的にあらわしているのではないでしょうか。
マムシグサもウラシマソウも、こうして受粉した雌花は、秋のはじめごろ、葉や仏炎苞が枯れ落ちた後に花序がふくらみ、トウモロコシがつったったような形で実がなります。最初は緑ですが、熟すと濃い朱色となり、これがぶつぶつと固まりになって実った姿もなかなか気味悪く、花の時期だけではなくこの実も子供たちには恐怖の対象だったようです。でもおいしそうに見えないこともなく、かつてはこの実を食べて中毒になる事件もときどきあったとか。そう、実も毒があるので見かけても決して口にしないようにしましょう。
茨城県の筑西市では、最近は「浦島草祭り」というイベントを開き、ウラシマソウの群生を観光利用する動きがあったり、またその花や葉の形の面白さから寄せ植えや生け花の素材として注目されたりと、近年は徐々に注目が集まりつつあるテンナンショウの仲間。人気となってエビネやシュンラン、カタクリなどと同様に掘りつくされてしまう日が来るのかもしれません。この植物のファンとして、そんなことはなってほしくないなあ、と思っています。野の花は、自然の中で楽しみたいものです。